村上春樹の新刊、感想
「街とその不確かな壁」を読んで
村上春樹さんの6年ぶり長編小説「街とその不確かな壁」。
最初の1ページ目をめくるのに、他の本にはない緊張感がありました。
今、この瞬間から自分だけの物語が始まるという予感。
大まかなストーリーは過去の作品、特に「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」と重なるところがありましたが、モチーフは似ていても異なるストーリーだと思います。
入口も出口も違うというか。
村上さんの本は特にそれぞれ読んだ人ごとの感じ方、受け止め方に違いがあり、読み方にも個性があるような気がします。
そのため、他人と感想を語り合うのが難しい場合が多いです。
解釈が違うだろうし、自分が読み、頭の中で作り出した物語を大切にしたいと思ってしまう。
今回の「街とその不確かな壁」もそういう種類の本かもしれません。
映画など映像にはできないと思います。本で読むしかない。
私は「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」が特に好きですが、今回の新作も好きになりました。
感想(少しあらすじも含む)
※ネタバレほどではないけれど、感想を書くための内容は少し含まれるため、これからまっさらな状態で読みたい方は以下の感想は読まないでください。
まずは第1部、高校時代の恋の感じは「ノルウェーの森」の雰囲気を思い出しました。
みずみずしくて美しく、苦しい。
あっという間に通り過ぎてしまう素敵な時代。
始まりの川のシーンは、自然(川や緑)と青春の輝きであふれています。
二人が一緒に過ごす時間はとても素敵で、それ以外では孤独な二人。共感しながら惹かれあったのに突然消えてしまった彼女。なぜ?ってそれは思いますよね。主人公の辛さが読んでいて切なくなりました。
大人になったある日、そのかつての彼女と共有(共作?)した、不確かな壁に囲まれた「街」に入りこむ主人公。
そしてその「街」で彼女(かつての記憶はない)と再会し、留まりたいと願う主人公。
どうか悲しい結末にならないで…と願いながら読みました。
第2部では主人公が東京から福島へ居住を移し、図書館長の仕事を始めます。
そこで登場する前任の図書館長、子易(こやす)さんがなかなか魅力的です。
75歳独身。ベレー帽とスカートを身に着けた紳士、子易さん。
外見だけ想像するとえっ!?って思うかもしれませんが、本当に素敵なのです。子易さんは。
温かく優しく、紳士的。
その外見になっていった納得の理由が後々分かります。
子易さんと図書館のストーブで炊くリンゴの古木のいい香りが、文字で読んでいるだけなのに辺りに感じられるような気がしました。
素晴らしく美味しい紅茶の香りも。
私は第2部が特に好きです。
主な登場人物は主人公、子易さん、司書の添田さん、イエローサブマリンのパーカーを着た少年、カフェの女性店主。
それからブルーベリー・マフィンとコーヒー。
雪がしんしんと積もる冬景色。
少ない登場人物との静かな情景がとても魅力的でした。
第3部はまた不確かな壁に囲まれた「街」が舞台。
そこで予想外の事実が発覚します。
最後の主人公の決断が、この長いストーリーの結末にあったことに、個人的には嬉しく思いました。
それぞれに自分の生きやすい場所があり、居るべき場所があり、それは自分が無理に判断しなくとも自ずとそうなるようになっている。
人は意思を持ちながら、自然に身を任せて生きていく。
親や兄弟、恋人や夫婦でもなく、人は自分だけの生き続けるためのストーリーを持っている。
ハッピーエンドかバッドエンドかは、見る人の目線によって違うかもしれないけれど。
静かな中に熱い生命力を感じる物語でした。
面白かったです。
「街と不確かな壁」を読んで、シャミッソーの「影をなくした男」をまた読みたくなりました。
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