「鵼の碑」あらすじ、感想

京極夏彦の新刊

京極夏彦さんの百鬼夜行シリーズ最新長編「鵼の碑(ぬえのいしぶみ)」。

この本のタイトルにある鵼(ヌエ)とは、頭が猨(サル)、胴体が狸(タヌキ)、手足が虎(トラ)、尾が蛇(ヘビ)の、伝説の生物です。

色々な生物の合体ですが、まとまった姿は鳥です。

平家物語に鵼が登場する場面が本の冒頭にありました。

姿は見えないけれど、なんだか哀しい。

哀しい鳴き声の鵼が気配を漂わせる物語です。

 

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あらすじ

舞台は日光。時代は戦後。

幼い頃に父を殺した記憶を持つ娘と出会い、思いがけず深みに足を踏み入れる劇作家。

行方不明になっている勤め先の薬局経営者を探す女。仕事を依頼された探偵。

過去に公園で発見され突如消えた三つの遺体の行方を追う刑事。

死んだ大叔父の残した古い診療所の処理をしにやってきた女。

それぞれの周りで起きた不可解な出来事が新しい謎を呼ぶ。

 

なぜか高値で売られた村の土地。いわくつきの古い屋敷。

光る猨(サル)。光る碑。

一日だけ行方不明になった死体。

過去と現在をつなぐ不信な死。

謎を追う人々の周りをうろつく公安の影。

寺から発掘された古文書の鑑定結果とは。

複雑に絡まったそれぞれの謎「化け物の幽霊」を、謎に囚われた人々を、中禅寺は祓うことができるのか。

 

感想

あー、面白かった!面白かったです。

期待を裏切らない安心安定の百鬼夜行シリーズ。

シリーズだけど初めて読む方でもアウェイを感じず、抵抗なく読めると思います。

京極夏彦さんの世界観が楽しめる1冊でした。

 

そして…今回も分厚い。

文庫本3,4冊分(829ページ!)ありそうな分厚さはまるで辞書のようですが、恐れを抱くのは第一印象だけで、読み始めたらその厚みこそ魅力のひとつに変わります。

まだこんなに謎が、知りたいことが残っている!と残りのページの厚みを見て嬉しくなるくらいです。

本が厚い分、面白い登場人物たちと長く一緒にいられます。

読み終わる頃には「ああ…もう終わってしまうのか」と少し寂しくなりました。

ページの最後がすべて句点「。」で終わるので、京極さんの本は読みやすいです。

漢字とひらがなの割合や改行のバランスも、読みやすさの理由だと思います。

 

前置きが長くなり失礼しました。

物語の内容の感想を書きます。

 

蛇、虎、狸、猨、鵺の章でそれぞれのストーリーが始まり、次第に絡み合い、最後にはひとつの「」という章でまとまる構成。

入口は幻想の世界。出口は現実の世界。

このシリーズのこのパターンが大好きです。

入口は幻想的で心象的な、静かな個人の世界。物語の始まりはいつも一人。

そんな冒険の始まりにドキドキワクワクしました。

 

戦前に起きた事件や出来事が途中戦争の期間をはさむことで様子を変えたり、当時の時代背景も影響されたり。

そして舞台である日光の歴史なんかも織り交ぜていたり(ちょうど大河ドラマで徳川家康をやっているし!)。

色んな角度から見て興味深い、面白い物語でした。

物語の本質の現在(戦後)の事件は、かなりありそうな話というか。

当時本当にこんなことがあったのでは…と思わせるほどリアルに描かれています。

国が秘密裏に行っていた表に出てはまずいことがあったのでは…

 

いつもの個性際立つ登場人物たちが、それぞれの持ち味を活かしながら奮闘するところも、大きな楽しみのひとつです。

物語を読み進めていくと、人の魅力や役割とは、優れているか、賢いか、応用が利くか、など利点が軸ではないことを痛感します。

人の存在意義を証明してくれる心強さがあります。

他人から影響を受けて心の安定を失う人、自分の正義感で突っ走る人、お調子者、場の空気を読まず豪快に振る舞う人。

そのどの人もがグッジョブです。

思いがけず欠点がいい方向へ進めることも。

もちろん欠点が悪い方へ導くこともあるけれど、人は一人じゃないから大丈夫。

互いに支え合いながら、補い合いながら生きていこうぜ、という雰囲気がいいですね。口には出さないけれど。

きつい欠点を持っていようが、それ以上にどの登場人物にも共通する美徳があります。

それは正直さ、素直さ。

口では批判的なことをいったとしても、他人の良さを見つけられるし、相手にもそれが態度で伝わっています。

自分の悪いところを白状する正直さ。

間違っていたら直そうとする素直さ。

そういう美徳を持っていると、多少欠点があろうが憎めないですよね。

 

散々不思議な事件や出来事、不思議な生物「鵼」の気配を漂わせておきながらも、人は目を覚ますべき「時」が来ることを、物事の本質を教えてくれる中禅寺さんが、唯一の「完璧な人」ではないでしょうか。

完璧故に他人の欠点が目につきすぎるところが欠点かもしれませんが。

こんな皆の先生的な存在の人が周りに一人いたら…心強いですね!怖いかな!?

 

古書店「京極堂」の主、中禅寺さんが今回も最後は締めにかかりますが、祓えた人、祓えなかった人、それぞれの生き方への尊重が気持ちの良いラストだったと思います。

 

個人的にはとてもタイムリーな本でした。

鵼は今読んでいる漫画「呪術廻戦」に出てくるし、東照宮が祀っている徳川家康は大河ドラマで見ているし。

今読むことでさらに面白さが増した気がします。

 

待った甲斐がある、大満足な1冊でした。

 

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感想(4件)



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