「恋とか愛とかやさしさなら」あらすじ、感想
直木賞作家、一穂ミチさんの新作
一穂ミチさんの直木賞受賞後第一作「恋とか愛とかやさしさなら」。
プロポーズをされた翌日に、恋人が盗撮で捕まったら…
そんな絶望的な状況、あなたならどうしますか?
あらすじ
カメラマンの新夏は、付き合って5年になる恋人の啓久から、友人の結婚式の夜にプロポーズをされた。
しかし翌日、啓久の母からの電話で、啓久が盗撮で捕まったことを知る。
父と二人暮らし、カメラマンとして才能に自信が持てない新夏。
良家で育ち大企業に勤める啓久。
共に30歳。
盗撮さえなければ大きな問題はなく結婚に至るはずだった二人。
啓久と新夏、それぞれの家族や友人、同僚たちにも広がる不穏。葛藤。
被害者の女子高生とその家族。
人の数だけ違う反応がある中で、二人が出した答えとは。
感想
本のタイトルだけ見ると懐かしい少女漫画のような、ライトノベルのような。
そういう恋愛小説かと思いきや全然違いました。
なにせテーマが盗撮。犯罪です。
前半は新夏目線のストーリーで、後半は啓久目線のストーリー。
啓久の盗撮は初犯。二日酔の状態。綺麗な足に見惚れて起こした出来心。
逮捕はされず示談が進んだとしても、どれだけ反省をしたとしても、何事もない日常が戻るはずはないですよね。
それでも5年の月日の中にはたくさんの楽しかった思い出があるし、ついこの前まであった恋愛感情が突然すべて一気に消えるわけではない。
啓久は反省し、新夏とやり直したいと思って一生懸命になっているところもなかなかです。
その立場になってみないと(多分その立場になっても)自分の本当の声は聞こえてこないかもしれません。
何も非がない新夏は恋人の犯した罪を「許せ」だの「許すな」だの周りから圧をかけられ、言い返すと険悪な雰囲気になり…読んでいるとかわいそうになってきます。
真面目で控えめで、でも心の中では正直に葛藤している女の子。
かと思いきや、後半には「なかなかやるなあ!」というシーンもありました。
盗撮と聞いて愛情が一瞬で消えたら楽だったのに。
啓久は新夏に対して愛情深いし優しい(なら盗撮なんかするなと思うけれど)ところが逆にネック。
啓久は良いとこのおぼっちゃんだけど、癖の強い姉と母(父もあまり良い人ではなさそう)がいるし、新夏も父と母の問題がある。
二人の友人や先輩、同僚も、一見仲が良さそうで実はそうでもなかったり。
最初は性欲の葛藤の物語かと思っていましたが、人の考え方のエゴについて書かれている場面の方が印象に残りました。
後半の、啓久目線のストーリーになってから初めて分かる事件後の啓久の苦労や恐怖、心痛を読めば、世の中から盗撮や痴漢が減ると思います。
盗撮をした側にも恐怖がたくさん待っているので。
被害者と会ってしまうのではないか、会社の人に知られているのではないか、脅されるのではないか、病気のようなものでまたやってしまったらどうしよう…などなど。
盗撮(痴漢も)は、1と2の違いより、圧倒的にゼロと1の違いの方が大きい。
1回やってしまったらそれはずっと死ぬまで見張られている。自分からも周りからも。
ゼロか、1回以上か。ここに大きな壁がある。
この本はできればたくさんの男の人に読んでほしい。抑止力になる本だと思いました。
中高生の保健体育や道徳の授業とかで読み、若いうちから芽が摘めたらいいのになあ。
女の人が読んで面白い?シーンは啓久の母と姉のシーンかもしれません。
上品なマダムが作る恐怖のジャム…
上品なのに、言ってる内容が結構下品で面白いです。昼ドラっぽい要素あり。
姉も凄まじい個性とパワーがみなぎっていて、でも本当にそういう人いそうで…
現代のリアルがここにありました。
被害者とその家族もすごいです(ネタバレしないよう自粛)。
とにかく登場人物の闇が深い。
こんな人ばかり周りにいたら狂ってしまうかも。
というくらい、一人ひとりの本当なら知らないはずのストーリーが上手く描かれているのだと思います。
読みやすくて面白くて、最後が気になって一気に読んでしまいました。
読んだらきっと、自分の立場に当てはめて考えてしまうはず。
もし自分の夫が、息子がそうなったら。
娘が、親がそうなったら。
どんな立場の人も読んで損はない1冊だと思います。
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