第164回芥川賞受賞作 小説「推し、燃ゆ」

小説「推し、燃ゆ」 著者:宇佐美りん

<あらすじ>

主人公は、男性アイドル上野真幸を推すことを生きがいとする女子高生あかり

あかりは日常生活を人並みにこなすことが難しい。

学校では授業についていけず、課題も終わらずプリントの提出も忘れる。保健室によく通う。

アルバイト先の定食屋(居酒屋風)ではテキパキと要領よく働けない。

おきゃくさんからは名前とかけて「あかちゃん」と呼ばれ、店長からは「落ち着いて」と言われるが、忙しいとパニックになりミスを連発してしまう。

病名(文中に病名の記載なし)がふたつついた状態で生きづらさを感じるものの、推しの存在があかりに日常を頑張らせていた。

 

あかりが初めて真幸を見たのは4歳。ピーターパンに扮する真幸は当時12歳だった。

その後高校生になったあかりが再び真幸を目にしたとき、彼はアイドルグループ「まざま座」のメンバーとして活躍していた。

あかりは大人になった真幸を見てエネルギーが湧き上がり、生きるということを思い出す。

そしてあかりの「推し」一筋の日常が始まった。

だが、あかりの推しである真幸がファンを殴ったというニュースが駆け巡り、ネットが炎上する。

そのことであかりはより一層推しへのめり込む。

生半可には推せない、推し以外に目を向けないと思うあかりの先に待ち受けていたこととは…

<感想>

「推しが燃えた」で始まる小説。出だしにインパクトがあります。

推しが燃えた=応援している憧れの人が、ネットで誹謗中傷を浴びた、ということのようです。

この本に出てくる推しとは、ただ単に好きな芸能人というレベルではなく、自分の時間、お金、すべてを捧げるくらい熱い想いを持った対象のことです。

あかりは推しがいる人や、推し関連で知り合ったSNS上の人とはうまく会話ができるしスムーズな対応も取れます。推しについてのブログを書くのも上手。

推しのため(グッズ購入、ライブチケット代を稼ぐため)なら苦手なバイトも頑張り、推しのためなら行動力を発揮します。

 

一方で推しと関係のない世界では不注意が目立ちます。友達に借りた教科書をうっかり返し忘れる。疲れたと保健室で寝る。

進級、進学といった自分のリアルな将来を具体的に思い描いて行動をとることができない。

みんなが普通にしている勉強や部活、アルバイト、友達と遊んだりおしゃれしたり、そんな何気ないことがうまくできない。

だけどそういう日常の中に、人々は彩りを感じ、人生を豊かにしていることは知っている。分かっている。

先生や親、姉から見たら、あかりはなまけているようにみえるでしょう。好きなことだけ熱中して、それ以外の面倒なことは嫌だからやらない。部屋はだらしなく散らかり、にきびは髪の毛で隠し、勉強はしない。働く気もない。

姉が自分に対し、怒ったり泣いたりする理由も理解できない。

あかりにとって世間の普通はとても息苦しく、生きづらいと思います。身内にさえ理解されない自分の特性、人を理解できない特性を抱えて生きるつらさが色んな箇所に出てきます。

一番つらいのは器用に生きられないことではなく、器用に生きられない自分をよく分かっていても変えられないことかもしれません。どういう風に生きたらいいのか具体的な一歩が分からないし、自分を理解して手を差し伸べてくれる人を望んでもいないのがあかりです。

その気持ちの逃げ場として、救いとして存在しているのが「推し」。けれど推しへの想いは一方通行です。

自分を好きになってもらえることはない代わりに、嫌いになられることもありません。この距離があかりには必要なようです。

接点はなく、もし芸能活動を辞めてしまったら何の情報も得られない。それほど遠い存在です。それほど遠くないと安心して愛せない。

 

けれどこれは、あかりのような人にだけ理解できる物語なのでしょうか。

読んですぐのときはあかりの気持ちがあまり理解できなくて、イライラするとさえ思いましたが(ごめんなさい)、読んでしばらくしてからふとペラペラめくって読み返し、よくよく考えてみると、これはもしかしたら理解できるのではないかと思い直しました。

推しがいない人や、SNSから近くない人、いわゆる普通の生活を送ってきた人でも。

他人に理解されないことなんてよくあるし、人生の岐路に立ったとき、迷ったときに道を示してくれる人が毎回いる人なんて、逆にいるでしょうか。

多少の差こそあれ、みんな本当は不器用で、模索しながらなんとかそのとき考える最善の道を選んでいるのではないでしょうか。

選択肢だらけの人生の中で、悩みながら、それでも無意識に一生懸命生きている人が多いような気がします。

そんなとき、そうじゃない人に対して寛容な気持ちを持つことがどれほど難しく、また大切であるかを考えさせられる本でした。

 

<こんな人におすすめ>

  • 推しがいる人
  • SNS世代
  • 生きづらさを感じる人
  • 他人と自分の距離を大きく感じる人
  • 理解できないことを理解したい人

 

推し、燃ゆ [ 宇佐見 りん ]

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