小説「罪と祈り」貫井徳郎 あらすじ・感想

時をまたぐミステリー小説「罪と祈り」

バブル期の大人は皆、浮かれていたわけではない。

好景気の恩恵を受けられなかった人々もたくさんいた。

そんな時代に翻弄され、長きにわたって悲しい運命をたどった人々の物語。

 

著者の貫井徳郎さんは、1968年、東京生まれ。

鮎川哲也賞最終候補「慟哭」でデビュー。

2010年「乱反射」で日本推理作家協会賞受賞、「後悔と真実の色」で山本周五郎賞を受賞しています。

 

<あらすじ>

隅田川で元警察官、辰司の遺体が発見された。

辰司の息子、亮輔が身元確認に行くと、そこにいた幼馴染みの刑事、賢剛から、父の死は事故ではなく殺人の可能性があることを告げられる。

真面目で柔軟な正義感を持つ父が、なぜ殺されることになったのか。

父親同士も親友だった亮輔と賢剛は、それぞれ辰司の死の真相を探り始める。

 

賢剛の父の智士もまた、賢剛が幼い頃に隅田川で亡くなっていた。

その死は自殺だったが、時を経て同じ場所で亡くなった二人の父。

死因も時期も違うが、亮輔は繋がりを感じずにはいられない。

 

亮輔は父の遺品の中から「1989年の未解決誘拐事件」と「1988年の育児放棄事件」のファイルを見つける。

父の心に長年住み続けた2つの事件を調べるうち、事件当時の時代背景が浮かび上がる。

 

そして亮輔は、父の「知らない方がいい」過去と向き合うことになった。

 

平成が終わる「亮輔と賢剛」の時代と、昭和が終わる「辰司と智士」の時代。

2つの時代が交互に物語は進む。

 

<感想>

バブル期や昭和天皇の崩御など、実際にあった時代の一幕に関連して事件が進みます。

当時子供だった私には薄っすらとしかないはずの記憶が、読んでいるうちに少しずつよみがえりました。

毎年1月に横浜の体育館で開催されていた習字教室の書初め大会が、天皇の崩御でなくなったこと。

自粛ムード。

昭和を生きる人々の、人情味あるつながり。

バブル期のチカチカキラキラしたカラフルで派手なテレビ番組。

 

この本を読むまでは、バブル期とはお金を手にして浮かれ踊る人々のイメージでした。

不動産屋の卑劣な地上げで不幸になった人、仕事がうまくいかない人、仕事に無力感を覚える人もいたことに目を向けたことはなかったと思います。

バブルの恩恵を受けて浮かれた人々だけではなかったのですね。

 

ニュースなど見ていても、罪の内容に同情してしまう犯罪がまったくないとはいえませんが、それぞれの正義感や優しさから罪をおかしてしまったとしても、やはり罪は罪。

法以外の罪の償い方、その長さや重さがこの本から伝わってきました。

どんなに同情したくなる状況でも、超えてはいけない一線があること。その一線は一時のことで終わらず、自分が死んだ後の世代にまで不幸を残していくことを知らなければいけない。

当たり前だけれど、犯罪は犯した瞬間以外に「その後」という時間がある。そして「その後」は果てしなく長い。

どんなに聡明な犯罪者でも、想像できる不幸の範囲は、現実と比べたらまだまだ甘いのだと思います。

自分の罪が呼び込む新しい不幸の連鎖を具体的に想像できるなら、心ある人は犯罪を思いとどまるはず。

犯罪はどんな理屈も人情も通用しない。

もし仮に近しい人が一線の壁を超えそうなときは、助け合って一緒に超えるのではなく、超える前に引きずり下ろす自分でいたい。

未来のその人を助ける勇気を持ちたいと願います。

周りの人の幸せを願いたくなる1冊でした。

 

<こんな人におすすめ>

  • 人情味のあるミステリーが好きな人
  • 時代を超えた物語が好きな人
  • 罪の償い方について考えたい人
  • やっかいな自分の正義感に悩む人

 

 

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