小説「津軽」
小説「津軽」 著者:太宰治
<あらすじ>
小説「津軽」は、太宰治が仕事で依頼された「津軽風土記」執筆のため、実家のある青森を旅する物語です。
東京を出発した太宰は3週間かけて、生まれ故郷の津軽半島を1周します。
出発の前、「なぜ旅に出るの?」と聞かれた太宰は「苦しいからさ」と答えます。
当時の有名な作家(正岡子規、芥川龍之介、尾崎紅葉、国木田独歩など)は36歳~38歳で亡くなっていました。
この頃太宰は36歳。意識するものがあったのでしょうか。
また、太宰はこの旅を「巡礼」と呼んでいることからも、特別な旅であることがうかがえます。
風土記といっても堅苦しい地勢や財政、沿革を説明するのではなく、太宰らしさで「人と人との心の触れ合い」について書かれています。
津軽でさまざまな懐かしい人々と再会しながら、昭和の津軽の風情が伝わる1冊です。
最後にたどり着く、乳母「たけ」との再会の場面が最大の見どころです。
<感想>
太宰にとって津軽とは、ただ懐かしいだけの愛しい故郷ではありませんでした。
格式高い旧家に育った太宰は、生まれながらに暗い宿命を背負っていました。
生まれ育った環境の受け入れ方、他人や自分の心に対する敏感さが、その後太宰が起こす事件や人生そのものに暗い影を落としたのではないでしょうか。
太宰にとって親兄弟などの身内は遠い存在であり、心を開く相手は友人や家に仕える人、そして乳母「たけ」でした。
「津軽」には太宰の優しい性格が分かる場面がいくつかあります。
青森駅に迎えに来てくれた友人T君が子供(女の子)を連れているのを見て、太宰は「このお子さんにお土産を持ってくればよかった」とすぐに思います。
ささいな出来事ですが、気遣いの人である太宰の様子が伝わる好きな場面です。
久しぶりの友との再会はユーモアがあり、笑いながら読めました。
特に友人「N君」と外ヶ浜の宿に泊まった時の、鯛のエピソードが面白かったです。
鯛を1匹持参した太宰は女中に、このまま塩焼きにして持ってくるよう頼みます。
女中のあまり利口そうではない、ぼんやりした様子に不安を感じたN君も、念を押すように「3人だからといって3等分にしないように」と伝えます。
さて結果は…
5切れの切身の焼き魚が出てきました。
求めていた尾頭付きの、まるまる1匹の立派な鯛の姿は見事に消え去っています。
大皿に載った大きな鯛を眺めながら、友人と豊かな気持ちでお酒を飲みたかった太宰はとてもがっかりしました。
風情のない、ただの焼き魚になってしまった鯛を眺めて泣きたいほど落ち込む太宰に、N君は慰めの言葉をかけて陽気に食べ始めます。
この何気ない友人同士のやり取りがなんともあたたかく心に残りました。
そして何より胸を打たれた場面は乳母「たけ」との再会です。
これまでの長い旅はこのたけとの再会のためだったのではないかと思うほど魅力的に描かれています。
久しぶりの再会とは思えないほど愛想のない、普通の様子のたけ。
少しして再会の実感が湧くと、一気にしゃべり出すたけ。
特別変わったことや大げさなエピソードはないのに、お互いの愛情が伝わるあたたかい最高の場面でした。
「津軽」は太宰の他の小説とは違うユーモアやあたたかさがある、優しい本です。
太宰治というと「人間失格」「斜陽」「走れメロス」が有名で、確かにそれぞれ面白い本だと思います。
でももし好きな本を1冊選ぶとしたら、私はこの「津軽」です。
<こんな人におすすめ>
・旅行記が好きな人
・太宰治に興味がある人
・昭和の風情や人情に触れたい人
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価格:473円 |