小説「貘の耳たぶ」著者:芦沢央 あらすじ・感想

「貘の耳たぶ」

産んだ母親による新生児の取り替え事件。

背景にある母親の育った環境や、もしもあのとき…が重なり起きた出来事だとしても、許されるはずがない事件。

これから出産する人、すでに出産した人、出産しない人、見方はそれぞれ変わってくると思いますが、自分を思い返すことになる1冊だと思います。

 

著者の芦沢央さんは、2012年「罪の余白」で第3回野生時代のフロンティア文学賞を受賞し、デビューしました。

<あらすじ>

出産方法や育児に不安を抱え、自分に自信が持てない繭子。

夫は仕事で出産してもすぐには来られない。親も事情があり頼れない。孤独な繭子は不安を深めていく。

そんな不安と孤独から、新生児室で我が子の隣のベッドに眠る知り合い(郁絵)の子とネームタグを取り替えてしまう。

咄嗟の行動にすぐ後悔するものの、元に戻す機会を失い、そのまますり替わったまま退院を迎えた。

いつも発覚に怯え、うまくいかない子育てに苦労していたが、それでも息子として育てている航太へ愛情を感じながら毎日を過ごしていた。

 

一方、大変なお産で産後すぐに我が子の顔が見られなかった郁絵は、取り替えられた子と気づかないまま、息子に璃空(りく)と名付け、愛情深く育てていた。

保育園で働きながらの子育ては、大変だけど充実した毎日だった。

そんなある日、ちょっとした夫の勘違いからDNA鑑定をしたところ、検査の結果に夫婦は愕然とする。

DNA鑑定の結果は、実子でないことを証明していた。

4歳まで可愛がって育てた息子を今更手放すなんてできない。その日から郁絵の葛藤が始まる。

 

病院側と弁護士、繭子と郁絵の両夫婦との間で話し合う中、出した答えは。

取り違いが起きた真相は明らかになるのか…

 

<感想>

繭子の不安や自信のなさは、育ってきた背景によるものが大きいので同情する面もありましたが、やはりやったことは許せるものではありません。

自分の不安定さに他人を巻き込むところがただただ不快でした。

例え郁絵に傷つくことを言われたとしても。

郁絵は繭子に無神経な言葉をはいた。そしてそのことに気づいてもいないとしても。

それでも郁絵の強さ、明るさは、繭子の抱えた暗さとは関係がない。

繭子はいつも打ち明けるタイミングを探していますが、打ち明けるタイミングなんて見つけるものではなく、自分が作るものだと思うのです。

結局それは真実を語った後の、周りの反応が怖いから逃げているだけで、タイミングをつかむつもりなんてない。だから罪悪感を抱えて悩む、の悪循環。

繭子は結婚するには、母親になるにはあまりに繊細すぎる。深く考えすぎる。

何かある度にこんなに傷ついて不安に怯えるのだろうか…

繭子の章は不愉快なまま読み進めました。

 

それから郁絵の章に入って状況が一辺。

どんどんはまって、空いた時間ずっと本を読んでいました。

先が気になる。どうなるのか。結末は。

 

子供は育ててくれた親とこのまま一緒にいたいと思うのが当たり前ですが、親は大人なので今のことよりも未来を考えます。

交換しても4歳の今ならまだ記憶があまり残らないかもしれない。

今は受け入れられないとしても、月日が経てばやがてそれまでの記憶が薄れていき、何事もなく普通の生活が送れるのではないか。

やはり血のつながった親子で過ごす方がいいのではないか…

 

結末に近づくにつれ、繭子への思いも少し変わってきました。

郁絵の章を読んでいるのに繭子のことを思い出させるところが、この作家さんのすごいところかもしれません。

自分の今の思考や行動は幼少期から繋がっていること、未来にも影響する可能性があることに、少し怖さを感じました。

子にしたことが孫の世代にまで影響することを知ったら、どんな人でもまっとうに生きたくなるのでしょうか。

 

夫や両親など、いろんな人から見た風景についても考えました。

エピローグまで読み終わった後も、さらにその後のそれぞれの人生を考えてしまう。

そんな切ない本でした。

これから出産する人はこの本を読んで「怖い」と思わずに、「こういう瞬間を大事にしよう」と思えるといいな…

 

本のタイトルの意味は、最後まで読むと分かります。

 

<こんな人におすすめ>

  • 繊細な女性
  • 自分は無神経かもしれない、と思う人
  • 出産や育児のリアルな話しが知りたい人

 

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