「関心領域」あらすじ、感想

強制収容所の中で

マーティン・エイミスの「関心領域」。

英語タイトルは「The zone of interest」。

アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した映画の原作です。

今でも様々な分野で生々しく語り継がれるアウシュビッツ強制収容所。

その領域に関連する膨大な文献を、英国の作家であるエイミスがインプットし、十分に咀嚼した後アウトプットした「関心領域」は、いずれまた優れた作家の貴重な文献となる予感がします。

ホロコーストという地獄の鏡。

あなたには何が見えますか?

あらすじ

強制収容所司令官ドルには頭を抱える問題がいくつもあった。

膨大な遺体の処理、資金繰り、人間関係、地位や己の尊厳の維持。

また仕事の他に、妻との関係にも大きく頭を悩まされていた。

 

ドルは己を正常な人間であると認識している。

間違っているのは周りであり、自分はまっとうな判断を下してきたと信じている。

真実は自己中心的な理由で人を死へ追いやる残虐的な人間であったとしても。

ドルにとっては己が正義だった。

 

ドルの妻ハンナは夫との間に生まれた二人の娘を大切に育てていたが、夫の残虐性や異常性に気がつき、自分に気がある将校トムゼンを通じて消えた人物の調査を依頼していた。

トムゼンはハンナに惹かれ手紙のやりとりを始める。

慎重に距離を保ちながら調査を進めるトムゼン。

 

ユダヤ人だが働きぶりを認められて特別労務班長として日々死体処理を行うシュムル。

シュムルはドルに脅されてある任務を任されるが…

 

それぞれが持つ関心領域は時に交差する。

進む欲望、鈍感な狂気。

戦争と共に変化する状況。

狂気と憎しみの中で生きた人々の物語。

感想

読み切るまでに時間がかかった「関心領域」。

年末から年明けにかけて少しずつ読み進めました。

誰もがよく知るアウシュビッツの出来事というと、毒ガスによる虐殺ではないでしょうか。

この本では主に死の前後のことについて書かれています。

強制収容所へ列車でやってきた囚人たちの、左右で別れる生死の選別。その割合。

「生」へ選別された人々のその後の仕事、寿命、体重。

生きても恐怖を見ることになり、過酷な環境で働かされる。

寿命は1か月伸びるだけ。

消毒液が慢性的に不足し、死臭が漂う強制収容所一帯。

地獄絵図の中で進む個人的な家族のいざこざや色恋沙汰。

どうでもいいようなことを心配する権利が支配する側にはある。

ホロコーストという地獄の鏡が映し出したのは、目に見えない人間の本質でした。

自分でも知ることができない(認知できない)本質。

特にドルが異常に非道で自己中心的な行動をとります。

読んでいるうちに怒りが沸いてきますが、読んだことを後悔することができないのでは、それが過去に起きた戦争という事実の中で生まれた(想像の部分があるにしろ)物語だから。

小説なので登場人物は実際にいる人でも名前が変わっていたり、作者が加えた人々がストーリーテラーとなっていますが、そこで起こった戦争に関する出来事はひとつを除いて史実に忠実に描かれていると、作者はあとがきで断言しています。

アウシュビッツについて書かれたたくさんの書物が姿を変えてひとつに集約された「関心領域」。

目の前にあったら今読まないでいられる理由が見つからない。

もし本屋さんで目に入ったら、ためらわずに手に取ってみてほしい一冊です。

 

6章まで書かれた物語の後にくる「その後」が個人的には一番好きです。

白鳥に自分を重ねて話す過去に囚われた人と、辛い体験の中でも見つけた希望と未来を見たい人。

二人の会話に見える気持ちのずれ。周りの景色。タイムリミットの時刻を知らせる鐘の音。

数ページですがまるで映画のワンシーンのよう(そのシーンは映画にはなさそうですが)。

どちらの気持ちにも痛みがあり、それぞれの視点があり。

人間性がとてもよく現れていてぐっとくるシーンでした。

 

あとがきによると、映画は登場人物や内容が変わっているようです。

でも観たい。

この本を貸してくださった方が、本を読んでから映画を見るといいとおっしゃっていたので観たくなりました。

レンタルできるところを探してみようと思います。

 

作者のあとがきにある「理解するべきではない」という言葉がとても印象的でした。

なぜなら理解するということは、それを身の内に取り込むことだから。

こんなに調べて本を書いた作者が理解できない方が望ましいと思うこと。

背景に戦争という事実があるとどうしても重くなりますが、それを受け止めることもまた事実。

読んだ人がそれぞれに感じた事実を胸に秘めて、今を信念と共に生きていくことが叶いますように。

 

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