直木賞・山本周五郎賞W受賞作「テスカトリポカ」 あらすじ、感想

小説「テスカトリポカ」 著者:佐藤 究

「テスカトリポカ」は、ジャンルでいうとクライムノベル(犯罪小説)です。

圧倒的な恐怖が世界のどこかで、またはすぐ隣で成長していく様を目撃しているような、ゾワゾワする小説です。

あまりにリアル。現実の場所や世界情勢、今大人として生きる人と時代も重なります。

現実に今もこういうことがどこかで起きているということを、想像せずにはいられません。

 

著者である佐藤究さんは1977年福岡生まれ。

江戸川乱歩賞や大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞を受賞した作家さんです。

 

<あらすじ>

メキシコの北西部、麻薬戦争により日常的に暴力と死がはびこる町で生まれ育った少女ルシアは、いつかこの町を出ることを夢見ていた。

同じ夢を実行に移した兄を殺されたルシアは、兄とは違う方法で脱出を成功させる。兄が向かおうとして失敗したアメリカとは逆の方向、南へ向かった。そこで働きながら情報を仕入れ、正規のルートで次の目的地、日本へたどり着く。

日本語の話せなかったルシアが働ける場所は限られている。滞在期限がせまり焦るルシアは日本で出会った暴力団幹部の土方興三と出会い、結婚した。

そして二人の間に息子が生まれた。名前は土方コシモ

劣悪な環境と孤独、無教育で歳を重ねる少年コシモは図らずも罪を犯してしまう。

少年院に入ったコシモは身長2mを超える、寡黙な大男へと成長していった。

 

舞台はジャカルタへ。

メキシコで麻薬戦争の元凶となるカルテル(独占企業体)の「ロス・カサソラス」を仕切る凶悪な4兄弟の生き残り、バルミロ・カサソラ(通称:粉、のちに調理師と呼ばれる)は身分を隠してジャカルタへ向かった。

バルミロは父を惨殺された後、祖母リベルタから古代アステカ王国の歴史や信仰について熱心な教育を受けて育った。

テスカトリポカ(煙を吐く鏡)について。王、神官、呪術師の言葉が頭の中を巡る。

メキシコが恐れる麻薬組織のボス、バルミロは、信仰を軸に死を振り払い、機敏に生き抜いてきた。

そしてジャカルタで知り合った日本人臓器ブローカー(元医師)の末永と出会い、麻薬を超えた新しいビジネス「心臓密売」の計画を立てる。

バルミロは父の復讐を、末永は心臓外科医としての復活を願い、目的の違う二人は手を組んだ。

 

心臓密売の舞台は日本の川崎。

バルミロと末永は、親のDVにより保護された無国籍児童の心臓密売を始める。

寺の地下で摘出された心臓を、大型船にある手術室で新しい持ち主に入れ替える。

バルミロは冷酷な仲間を増やし、ファミリア(家族)と呼んだ。

中国マフィアや日本の暴力団と交渉しながら臓器ビジネスを軌道に乗せるさなか、少年院から出たコシモと出会う。

コシモのたぐいまれなる体格と腕力を見たバルミロは、闇のビジネスへと引き込み、息子のように扱ったが…

 

暴力による暴力の連鎖、麻薬組織、臓器ビジネス。

死より怖い、死までの過程を見せつけられる、圧倒的なクライムノベル。

 

<感想>

読み終わるまでに何日もかかった本は久しぶりでした。

とても重い1冊です。この1冊で何冊分もの価値があるように思います。

今まで読んできた犯罪がからむ小説は主に推理小説だったので、ここまで強烈な内容はありませんでした。

推理小説はどちらかというと、犯罪に手を染めるまでの背景や人間模様、または犯罪の巧妙な仕組みを解き明かすことがメインですが、この「テスカトリポカ」はまったく違います。

人を殺める理由、やり方、人数、どれもが桁外れ。

その中心人物であるバルミロは、アステカの神への信仰心と、父を殺した組織への復讐心からあらゆるものを破壊していきます。

メキシコの警察もメディアも、バルミロのあまりの残忍さと組織の大きさに恐れをなし、止められるものは誰もいませんでした。バルミロに立てついたものは、誰であろうと必ず復讐が待っています。

それはファミリアも同じ。決して裏切りは許されません。

 

土方コシモは子供時代のほとんどを一人公園で過ごし教育を受けられませんでした。大人になっても体格とは反対に、どこか幼さや純真さがあります。

手先が器用で木彫り細工の才能もありました。

コシモは自分に危害を加えられたときにだけ、力で対抗しますが、あまりに大きな身体と腕力で加減ができません。そのせいで人を思った以上に傷つけ、結果的に犯罪者となってしまいます。

そんな心と身体がちぐはぐのコシモに同情しながら読みました。

 

日本人にとって麻薬組織や臓器密売なんて遠い国の話、もしくは外国映画でよくある架空の話として存在しているだけではないでしょうか。

まさか日本がそんなビジネスの拠点になっていて、まさか日本人医師がそのビジネスに関わっているなんて、考えるだけで恐怖ですが、あり得なくはないかもしれません。

遠い国や近い国でも、すぐ隣でも起きている出来事として、静かに激しく現実的に物語は進みます。

些細なことを大きな出来事のように反応する平和な人々が住む世界と同じ世界、同じ時代に、その暗黒の世界も生きている恐怖。

大きな犯罪を小さな風が吹いた程度のこととして進む世界が確かに存在する、そう思わせる、心をえぐるような小説でした。

ラストが近づくにつれ、どんどんはまっていきます。

ラストがぐっときます。

 

ただの暴力小説だったらここまで引き込まれることはなかったはず。

登場人物の感情はほとんど描かれていないですが、淡々とした暴力の記録ではなく、しっかり思いが届きます。

人が自分以外の誰かを思って涙を流すとき、心が揺さぶられ、記憶に残る場面になるのではないでしょうか。

悪夢の中にもラストにも、私は確かに希望をみました。

 

<こんな人におすすめ>

  • 平凡に飽きた人
  • 今、幸せを実感できていない人
  • 国境も人種も越えた本を求めている人
  • 古代文明に興味がある人

 

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